NO 1578 相次いだ5月の遭難。
2014 5/ 31(土)
ここ数日は全国的に夏並みの暑さが続き、ニュースでは、ここ数年大きく報道される、熱中症絡みの話題も多くなっています。後方の北アルプスはまだまだ、大量の残雪に覆われている大町にしても、ご他聞に漏れず、
今日は28.2度、昨日は28.3度と今季最高の気温を記録して、一気に夏モードに突入? といったところです。また長野県内は、3日前より、午後遅くには、あちらこちらで雷雨やひょうに見舞われ、大きな作物被害が出た地域もでています。大町周辺でも
3日前には夕方から夜半にかけて、ひょう混じりの雷雨に見舞われました。
また岳のほうは、今回の大気不安定はもう雪になることはなく、雨が多少降った程度のようでした。ただしまだまだ雪の心配もまったくないわけではありませんし、低体温症等の心配に関しては、北アルプスや北海道の山などでは、一夏中心配しなくてはなりません。数年前のトムラウシ山での遭難や、中央アルプスでの韓国人パーティの大量遭難は、まさに7月夏山シーズン入り
してからの事故です。いつでも頭の片隅においておかなかければならないことです。
さて今更かもしれませんが、今年の5月は全国的に山岳遭難が多発し、ゴールデンウィーク後も県内では、毎週のように発生しているようです。なかでもいわゆる気象遭難に属する遭難が多かったのが、今春の特徴ではないでしょうか。天候の急変等に対応できずに、疲労凍死や道迷い等に至るものです。当方の爺ヶ岳でも、ゴールデンウィークのはざ間の、5/1に同様の案件が発生しました。私は所用で前々日までに冷池山荘から赤岩尾根を下山しておりましたが、当日は朝方の好天も、昼前からはどんどんと悪化していくのが、下界からも見て取れました。そんななか、昼の1時過ぎ
に、扇沢から南尾根を登って、爺ヶ岳の頂上に着いたお客様から、ガスがひどくまったく視界が利かない、また雪の上の踏み跡もまったくわからない、さらに雪も降り出していて、予約してある冷池山荘には行けそうにないので、下山を選択したい旨の携帯電話が入りました。なんとか来た道を下ることはできそうとのこと。心配して途中で、こちらからまた電話を入れると、稜線の吹きさらしは抜けて、樹林帯まで戻れたとのことで、とりあえずこちらもひと安心。ただ昨年も、午後遅くに樹林帯から滑落して死亡といった事故もあったりでけっして安心はできず、私は扇沢へ出向き、駐車スペースの整備等をしながら、降り出した雨の中を、その方が下山してくるのを待ち続けました。そして待った甲斐あって、その方は暗くなりかけた7時前に、無事に下山されてきました。
マイカーを停めてある、扇沢駅までお送りしながらお話しを聞くと、前日に予約の電話を入れた際に、5/1は午後にかけて、天候悪化が予想されるので、延期したほうがいいですよと、当方に言われたことを、まったくその通りだったと、盛んに悔いておられました。また当日の冷池山荘には、もうお一方
宿泊予約があったので、途中でどなたかとお会いしませんでしたかと尋ねると、爺ヶ岳の下方で、小屋泊まりで予約をされていると思われる男性とすれちがったとおっしゃる。
私はその方と別れてから、冷池山荘に連絡を入れ、愛知の男性は小屋泊まりをあきらめて、無事に下山してくれたが、もう一人の予約者の四国の男性は小屋に到着しているかと聞くと、まだ到着してないし、今日はお客さんは誰もいないと言う。予約受付の際にケイタイとご自宅の電話番号をうかがっていたので、ケイタイにかけてみると、当然といっていいのかつながらない。ご自宅にかけると、奥様は、前年にもゴールデンウィークに北アルプスに登っているし、簡易テントも、コンロ等も持っているので大丈夫とのことです・・・・ ただ小屋のスタッフには、遅くに着く可能性もあるので、注意して見ているよう伝言連絡。その後扇沢から大町の自宅に帰ると、8時前に冷池山荘から連絡が入り、午後覆っていた雪混じりのガスが少し切れ出して、爺ヶ岳北峰の下の樹林帯上部にライトが見えるようだという。しかも聞けばその灯りはまったく動かないと言う。それは変なことだし、テントでも張っていてくれたら、それはそれでかまわないので、一応小屋のスタッフ二人で、確認にいってほしい旨伝えたところ、すぐに、冷池山荘と種池山荘の両支配人が冷池から出動してくれました。
雪の舞うなか、小屋から感覚的に1.5キロほど離れたその場所に大急ぎで到着すると、そこには腰から下が雪の中にスッポリと入り、頭からツェルトをかぶった男性が、ほとんど意識なく、体温も相当に下がって冷たくなった状態でまったく動かない状態でおりました。かすかに小さくうなるぐらいです。また周辺を見れば、ザックの中身は、そこかしこに放り出されて、散らかった状態だったといいます。山岳遭難の疲労凍死の現場で、錯乱した遭難者がザックの中身を周辺に散乱させているといった話しは、よく耳にしますが、まさにそのような状態だったようです。
ウチの二人は、無線で、小屋へただちに連絡をとり、応援を頼むとともに、背負う為のヘリハーネスと湯たんぽの持参も頼み、いっぽう男性を雪の中から引きずり出して、さすって温めながら、応援スタッフの到着を待ちました。応援の
スタッフ二人が到着後は、ズボズボ積もる雪の中を、4人で引きずるように運んだり、地面の出ているところでは、交代で背負って、まだまだ吹雪模様の悪天のなかを、
一刻も早く小屋に収容できるよう4人で力を合わせて、なんとか小屋に11時過ぎに到着することができました。その後は、看護師の資格を持った女性スタッフをはじめ、全員でさっく着替えをさせて、部屋をストーブで暖める中、男性にも体じゅうに湯たんぽを抱かせて温めました。そうしたらそのうちに見る見るうちに、真っ白だった顔にも血の気が戻ってきたそうです。いっぽうで私も大町署に依頼して、翌日の県警へりでの救出や病院の手配をお願いしました。
翌日は、明け方にはまだまだ主稜線を覆っていた雪雲も、県警ヘリが飛来する6時半ごろには、運よく消え去り、一夜明け自力歩行も可能になった男性もご無事に救出下山されました。
あとで無事に快復された男性のお話しでは、残雪がとてもやわらかく、一足ごとにズボズボつもり、腰まで埋まってしまうことも何十回もあったそうです。 (今春のこのように異常なくらいのズボズボ状態については、当H.P最新情報4/30付けのNO.1563にも記して注意をうながしてはおりました。『尾根筋などは、いたって雪がやわらかく、一足ごとに、ズボズボと足が沈み、腰まで沈んでしまうようなことも度々です。いつものような快適に雪稜を歩くといったイメージには欠ける今ゴールデンウィーク前半戦の周辺です。』 こんな内容をお伝えはしておりました。) 通常なら残雪期でも、爺ヶ岳南峰から収容された現場までは、
30〜40分もあれば楽に到着するところを、どうやら4時間以上もかかって着いたようです。さらに雪混じりで風も強く、体温もどんどんと失われていき、薄暗くなりかけた7時ごろ、現場に着いたころには、なんとか歩行は続けながらも、すでに低体温症状態かつ錯乱状態に限りなく近かったと思われます。ご本人は着られるものは何枚も着て、ツェルトを被ったとおっしゃっておられましたが、スタッフの話では、とてもそんな状態ではなかったようです。
そして偶然ご本人が、ほぼ無意識のうちに、ライトを点灯し、さらにそのライトが偶然にも冷池山荘のほうをピッタリと向いていた。 雪の上にほぼ、無意識に放り出したであろうライトが、たとえ上下左右1度でもずれていたなら、小屋から見ていたスタッフの視角に、その灯りは入らなかったと思われます。何万分の一の確率といってもいい、すごいラッキーな偶然のようにしか思えません。そして吹雪の中、偶然ガスが切れ、その瞬間にスタッフが小屋の外に出て、発見して・・・・ あと1時間、発見が遅れていたら・・・・ 最悪の事態は、十分に想像されます。 またもし宿泊予約を入れてなかったら・・・・ 最悪の結果はまちがいなかったことでしょう。
小屋のスタッフ、大町署、県警航空隊がうまく連携して、ほんとうに一人のたいせつな命をお救いできたものと、思っております。ここ数年のゴールデンウィーク中での周辺での遭難では、吹雪の中での疲労凍死、落雷による感電死等での、とても残念かつ悲しい出動が相次いでいましたが、今回は、ほんとうにすんでのところで、救出することができてほんとうに良かったです。深夜の吹雪の中にかかわらず出動してくれたスタッフはもちろんのこと、全スタッフ、警察、病院関係者にも厚く感謝を申しあげる次第であります。
今週は大町警察署長から、今回の遭難救出スタッフ4名にに感謝状を頂戴しましたが、これを励みに、ますます山岳遭難事故に対する啓発に努めるとともに、微力ながら、現地最前線でも尽力していきたいものです。新聞紙上等でも紹介していただきましたが、紙面の都合で、詳細まではわかりませんので、今日は紹介させていただきました。ただ今回もそうですが、事故等あったら、啓発の意味からも、皆さんにも報告するのがいちばん良かろうかとは思うのですが、なかなか文章にして紹介するのは、記者でもありませんし、ルポライターでもないので、うまくまとめられないし、なかなか時間も足りません。過去にも10年ほど前にも、同じく爺ヶ岳で、7月に落雷事故があり、重症を負った遭難者を、まだまだ落雷止まぬ中を種池山荘スタッフで、種池山荘まで数時間かけて救出したこともあります。みんな命を張って、いろんな遭難や事故に真剣に対応してくれて、ほんとうにいつも頭が下がる思いです。ほかにも小さな遭難や事故での出動は数え切れません。もちろんウチだけではありません。北アルプス中、日本中の山小屋関係者ががんばってくれています。
皆さんには、いつもいつも申し上げている当たり前のことですが、安全登山を第一に、過去の遭難事故の実例等をも、頭の片隅にかならず置いて、ゆっくりゆっくり一歩ずつ一歩ずつ、登山を楽しんでいただきたいと思います。そして今回も思ったことですが、登山届けや、山小屋の宿泊予約はセーフティネットかつ登山者の命綱、ライフラインであることを再認識したことです。
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